三田阿房列車

なんにも用事がないけれど、列車に乗って遠くへ行って来ようと思う。旅行記と、日々感じたことを気の向くままに。

極寒流氷阿房列車(後編)

sanda-train.hatenablog.com

前編を先にお読みください

              • -

翌朝、名前からして寒そうな、和寒町の観測所で気温が氷点下20.8度を記録したらしい。タオルを濡らして外へ出てみる。しばらく振り回していると固まった。観測所のある市街地より100メートル以上も標高の高い峠であるから、さらに気温が低いに違いない。

昨晩から雪が降っていたが、すでに1メートルほど積もっているから少し積もったくらいでは違いがわからない。

再びディーゼルカーに揺られて旭川まで下る。そこからバスに乗り換えて旭山動物園に出かけた。札幌からの特急が吹雪で運休していることもあって、園内はガランとしていた。そんな石狩平野とは打って変わって時折青空をのぞかせた。改めて北海道の広さを実感した。日本一寒い街と聞いて防寒を何重にもしてきたのだが、日中は気温がプラスになり汗が滲んだ。雪も氷柱も汗をかいていた。夕刻塩狩に戻ると、駅舎の氷柱が痩せて、地面に落ちているのがたくさんあった。

 
翌朝、旭川発11時18分の網走行き特別急行「オホーツク3号」は顔を真っ白にして2番線に滑り込んだ。乗降口の扉まで氷結していた。雪のため3分遅れで到着。次の新旭川から石北本線に入る。乗車券を作ってもらう際に窓口氏に「いしきたせん」と呼ばれたかわいそうな本線である。秋にJR北海道が発表した「単独で維持することが困難な線区」に指定されてしまった。

途中の安足間は停車駅ではないが、旭川行き特別快速「きたみ」と入れ違いをした。お相手も遅れていたようで遅れが10分になった。別に急ぐ旅でもないから問題はない。途中、お手洗いに立ったがデッキとの間の自動ドアの反応が悪くなかなか開かずに難儀した。途中の停車駅でもドアが開かないことがあり、降り過ごさないか見ているこっちがヒヤヒヤした。峠の中腹、中越信号所では除雪車とすれ違う。初めて実物を見てその迫力に圧倒された。雪を弾き飛ばしながら走る姿は壮観であろう。頭端駅の遠軽には7分の遅れで到着した。ここで進行方向が逆になる。自動放送に「前後のお客様とお話の上、座席の向きを変えてご利用ください」と諭されたが前のお客様は壁で、後ろのは空気であった。

雪は酷くなかったが、雪害のため後続の列車が終日運休になると放送があった。今乗っている特急が遠軽から北見・網走方面への終電ということになる。救済措置として特急券なしでこの列車に乗れるようになったため一般客がどっと乗り込んできた。まじめに特急料金を払って乗っているのが馬鹿らしい。遠軽を出ると、安国に臨時停車した。降車口だけ雪かきがしてあって他は壁であった。3号車の前の扉だけを開けるとのことだったが、停車位置が定まらず何度か再発進した。5人ほどが下車し、出発のときに車輪が空転してひやりとしたがすぐに動き出した。途中、何もない雪原で急停車したときはもうダメかと思われたが、21分の遅れで終点網走に到着した。

宿のテレビでは多くの列車が運休になったことを伝えていたが、吹雪を見ていないから信用できない。とにかく最終目的地にたどりつけて肩をなでおろした。

海岸へ出かけてみたがわずかに河口に氷が漂い、海鳥がひしめき合っているだけであった。これは流氷ではなく、道産子氷であろう。水平線に目を凝らしたが流氷は見えなかった。網走では2泊するつもりでいる。それまでに流氷よ来い、と願うのみである。

翌朝、流氷観光線乗り場に行ってみると欠航であった。昨日までの低気圧の影響で出せないのことであった。仕方がないので、その日は網走監獄や天都山にあるオホーツク流氷館や北方民族博物館を見学した。時間があったため散歩ついでに網走神社まで行ったみた。1時間ほどであったが顔が凍てついてしばらく話すたびに頬に違和感を覚えた。

夕方、水平線が白くなった。

翌朝起きてみると、水平線の白が太くなっている。朝一番の砕氷船で流氷原の中に入り込んだ。パイのような流氷が一面に広がって海面が見えない。船の通った跡をみると海面になっていて、海の上にいるのだと実感する。寒さも忘れて眺めているうちに元の乗り場に戻ってきた。念願の流氷を満喫したら今度は陸地から流氷をみたいという願望がこみ上げてきた。昭和の時世であれば、湧網線や興浜南線、興浜北線を乗り継いでオホーツク海沿いの変化を眺めることができるが、残念ながらすでに廃線である。観光パンフレットに印刷されている時刻表と話をしてみると、釧網本線を使うと、帰りの飛行機に具合の良い時間に戻ってこられることがわかった。釧網本線は唯一オホーツク海岸を眺められる路線である。木の板で作られた簡素な桂川駅から釧網本線ディーゼルカーに乗る。左手にオホーツク海が見えてきた。見えてきたと言っても海面は見えない。海岸まで氷が押し寄せて、陸と海の区別がつかない。15分ほどで海のそばの北浜駅に到着。駅には展望デッキがついているが、それでは砕氷船からの眺めと変わらない。海岸に降りてみたい。駅は線路より陸側にあるから海に降りるには線路を渡らねばならない。展望デッキに登って近くに踏切があることを確認して、海岸に出てみた。駅から見るとただ白い氷がどこまでも続いているように思えるが、思っていた以上に起伏に富んでいる。少し先に人がいたため、そこまで行ってみた。話を聞くとクリオネを捕まえようとしているとのことだった。どうやって海岸線を見極めたのかわからないが、どうやらここから海のようである。陸地のように見えるからどこまでも行きたくなるが、こんなところで溺れ死ぬわけにはいかないから、引き返した。駅舎に入ってみると、壁が見えないほどに名刺が貼られていた。誰が始めたのか知らないが、このご時世、個人情報を残して帰るとは良い度胸である。トイレの中まで名刺が貼られていた。1時間ほどの滞留で引き返す。

運転士に話を聞くと、流氷が海岸までくるのは1年で10日あるかないかとのことであった。相当運が良かったようだ。2月末までは観光列車、流氷ノロッコ号が走っており、溢れんばかりの人が乗っていたそうだが、流氷は知らん顔していた。3月になり閑散として、ようやく接岸したらしい。どうやら下心を持って近づくとダメなようだ。自然とは薄情なものである。この釧網本線、本線とは名ばかりで1日7往復程度の運行である。2016年3月末のダイヤ改正ではさらに減便される予定となっている。車窓から流氷を眺められる唯一の路線を何としても残してもらいたい。

 女満別空港から1時間半で羽田空港。あっという間である。スノーブーツを履いているのでよそ者のようで居心地が悪い。宿で靴に履き替えると、現実に引き戻された。